大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪家庭裁判所 昭和42年(家)7662号 審判 1969年4月03日

申立人 石高孝次(仮名)

被相続人亡 中山きく(仮名)

主文

被相続人中山きくの相続財産である別紙目録記載の物件を申立人に対し分与する。

理由

本件申立の要旨は、申立人石高孝次は先代中山孝助、モトの三男として生れ、被相続人亡中山きくの叔父である。ところで、被相続人は、父中山一三が昭和四年九月一八日に死亡後も養母ヨシと共に生活していたが、両名とも共に病弱であり、被相続人は結婚生活にも耐えられず、一生独身生活を送り、常に申立人の助言と援助を求め、申立人もこれに応じ家事の相談や所有財産の管理の補助をなし、又女ばかりの家庭であつたため申立人の長男を被相続人方に同居させ、世話していたこともある。又被相続人が昭和四一年五月一九日に浜野外科病院に入院した際には、その看護は勿論入院費用等の代払等をなした。そして被相続人が死亡した際にはその葬式費用一切を支出したものであり、被相続人には相続人、受遺者もいないので申立人を特別縁故者として相当分の相続財産の分与を受けたい。というのである。

本件調査の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  被相続人中山きくは、申立人らに看護されつつ昭和四一年五月二一日茨木市○○○町○番○○号で死亡したが、同人には直系卑属なく、又直系尊属、兄弟姉妹はいずれも既に死亡している。

(二)  昭和四一年一〇月五日相続財産管理人に申立人石高孝次が選任され、(昭和四一年一〇月一五日公告)その後同人辞任し、昭和四二年一二月二日に新らたに相続財産管理人として弁護士土橋忠一が選任され(昭和四二年一二月一六日公告)この間昭和四一年一二月九日相続債権者、受遺者への請求申出の催告をなし(昭和四二年二月九日満了)更に昭和四二年二月二五日相続人捜索の公告(昭和四二年一〇月一六日満了)をなしたが、それぞれ相続人、相続債権者受遺者の申立はなかつた。

(三)  申立人は被相続人中山きくの実父中山孝助(元一三)の実弟で叔父にあたるものであるが、申立人は結婚するまで、実兄中山孝助家族と同居し、実兄死亡後(昭和四年九月一八日)は残された実兄孝助の子供である被相続人及び後妻であるヨシが病弱であるためもあつて、事実上の後見人的な立場で一切の相談や財産管理に当つて面倒をみてきた。そして被相続人の死亡時には葬式もとりしきり、又事実上の母、子関係を四〇年間に亘り続いた被相続人の継母ヨシに対し特別縁故者として手続しようと思つていたところ、同女も昭和四二年九月一九日死亡し、同女の病院の世話及び葬式一切をやつたことが認められる。そして上記の事情は、被相続人に関係のあつた人達並びに周辺住民においても周知の事実である。

(四)  イ 相続財産の内別紙3の(3)(6)(7)(9)(10)(11)の各物件はいずれも地目が畑であるが現況は宅地化されており、農地としての使用はされておらず従前より被相続人において使用し、申立人が事実上管理して来たものである。なお(8)の物件は地目は田であるが現在私有道路となつている。

ロ 相続財産の内別紙(14)のイ、ロはいずれも地目は田であるが現況は○○小学校の敷地として賃貸中であり、既に現況は農地でないこと明らかである。

ハ 相続財産は別紙の他八筆の不動産があり、一筆をのぞき他はいずれも地目は田であつて、どの物件も現在賃貸中であり、被相続人は勿論、申立人もこれを使用してはいない。

(五)  以上認定の事実からすれば、申立人は、被相続人と特別縁故があること明らかであり、同人に対し相当程度の分与をなすを相当と思料する。

ところで、上記の如く相続財産の内に地目が農地であるものがあり、本来これは、農地法所定の許可を要するものであるが、上記(イ)の各物件はいずれも現況は宅地であると考えられること、ロの物件は明らかに農地ではないので、いずれも地目は農地であるが、農地法所定の許可は必要ないものと考えられる。(ハ)の物件はいずれもその地目の用法に従つて賃貸中であり、申立人に分与することは相当でないので、申立人の特別縁故の深さからしてこの物件を除く別紙目録記載の各遺産全部を申立人に分与するのが相当とする。

よつて、民法第九五八条の三に則り、主文のとおり審判する。

(家事審判官 山中紀行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例